12.11.02

セミナー編「在宅ケアのルネサンス」のレポート

ものがたり在宅塾 セミナー編 2012/10/03 砺波市文化会館

 

「在宅ケアのルネサンス」
―オランダのBuurtzorgの統合ケア―

 

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堀田 聰子氏(労働政策研究・研修機構 人材育成部門研究員)

 

Buurtzorg(ビュルツォグ)はオランダで急成長している新しい在宅ケア組織である。
40代後半の男性地域看護師・ヨス氏が2006年に数人の仲間と起業した。
最大12人の看護師でつくるチームが患者40-60人に対応する。2007年に1チームから始まった事業は約5年間で、国内各地で500チームが活動するまでに拡大。約5500人のナースが2万人の利用者のケアに当たり、全体の売上高は1.8億ユーロに達している。

■介護・看護職の力を引き出す組織
介護・看護の専門職としての力を最大限に引き出すことを重視している。
▽チーム内でも分業はせず、1人が1人の患者にトータルケアを提供。あらゆるタイプの患者に対応している。
▽組織はナースに上下関係のない完全にフラット。各チームにもリーダー職は設けていない。ミッションを共有したナースが話し合いにもとづき責任をもって業務を進める。
▽事務作業を行う管理部門(バックオフィス)を全国1カ所に集中することで、各チームがケアに専念できる環境を整えつつ間接費を抑えている(スタッフは35人。平均25%といわれる間接費を8%に抑制できている)。
※オランダにおける在宅ケア組織は介護と看護をともに含み助産、家事援助も行う。同国は人口1639万人で面積は九州ぐらい。
 

■専門職としてのやりがいを求めて
1990年代は“暗黒の時代”だった。オランダでは19世紀半ばから地域密着のケアが発達しており、ローカルな組織が裁量権をもって活動していた。1960年代に社会保険制度が拡大し、70、80年代は公的な規制が強化された。その振り子が振れて90年代は市場志向の組織再編と大規模化が進んだが結果としては失敗だった。
組織の規模が大きくなるとヒエラルキー型(命令系統にそった階層構造)になり、間接的な作業も増える。現場のナースにもビジネスのために組織の方を向いた仕事が増え、やりがいが損なわれた。以前のように利用者との関係を大切にした仕事をしたいという欲求が高まった。
また、要介護認定を判定機関がやることになったのも地域看護師の意欲を損ねた。以前は地域看護師が、それぞれの患者にとって必要なケアとその量、計画をアセスメントしていた。その役割を奪われ、すべてをトータルで行う専門職としてのあり方が失われた。
どの機能をどれだけ提供したのか、出来高制によって分業が一気に進んだ。ビジネスベースで動き、できるだけ多くのケアを安い労働力によって提供しようという事業者も出現した。分業によってサービスごとに担当者が代わることは、患者にも戸惑いを生んだ。
以上のような状態を乗り越えようというモチベーションをもった地域看護師たちによってBuurtzorgは発足し、全国に広がった。

■ミッションは解決策の提供

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 ビジネスベースのケアに対する反骨心から生まれた組織であり、ナースという専門職として責任をもち、患者のために本当に必要なケアを提供するのが目標。どんな介護や看護を何時間やったかではなく、患者にとってのソリューション(解決策)の提供をミッションとしている。
どのように生きたいか、という答えはあくまで患者がもっている。そのためにソリューションを、患者を中心に家族や地域といったインフォーマルなネットワーク、在宅医など専門職のネットワークなどとの関係性の中から引き出していく。利用者を中心に外へと広がる関係性からケアを構築していく「玉ねぎモデル」というあり方だ。
利用者の基本的な欲求については次のように考えている。自分の暮らしをできる限り長く自分でコントロールしたい/生活の質を改善しつづけたい/自分の住む街で社会参加したい/あたたかい人間関係がほしい。これらを踏まえ、ソリューションの提供を目指す。

 

■専門性の高いナースがトータルケア
Buurtzorgはほかの在宅ケア組織と比較しても専門性の高いグループである。
オランダの介護職/看護職の資格構成は日本とは異なり、介護から看護へと徐々にステップアップしていく体系となっている。レベル1から5までの段階があり、5は学士レベル。レベル3からは医療行為も少しでき看護職に位置付けられる。日本の介護福祉士はこのレベルにあたる。オランダでも他の組織はレベル3の職員中心に構成されているが、Buurtzorgにはレベル4、5の者が多い。
あらゆるタイプの患者にトータルケアを行う。チーム内であってもケアの提供を分業しない。現在は再び介護の判定もできるようになっており、ケースマネジメント、看護、介護、ガイダンスの提供といったすべてのプロセスを1人のナースが責任をもって行う。日本ではケアマネ、看護、介護職が分業で行っているケアをトータルで提供している。
患者本人のセルフケアを引き出すことを大きな目標としており、家族や地域といったインフォーマルネットワークや在宅医など地域の専門職ネットワークの活性化も役割である。
慢性疾患に対する本人と家族に症状の変化を理解してもらうこと、自身の体の専門家になってもらい力を引き出すことでケアを減らすのに成功しているケースもある。保健士との協力し予防のプロジェクトも行っている。
「分業したほうが効率的なのでは?」との質問に対する彼らの答えは、分業をすると多くの人が必要になり、移動や情報共有・連携のためのコストがかかるというもの。それらを省き、必要な仕事に注力している。1人がトータルでケアしたほうが効率的で、担当者のまなざしが生かされるという。専門職が持っている力をフルに輝かせることで患者本人や家族、地域のインフォーマルな力も引き出せると考えている。

 

■“ディープリーダーシップ”を持ち各チームが自立
すべてのチームが自律的に(自立的に)裁量をもってサービスを提供するセルフマネジメントチームである。1チームは最大12人に構成し、リーダーがいない完全フラットな組織。約500あるチーム間にも上下関係はない。“ディープリーダーシップ”が彼らのキーワード。一人ひとりの専門職が深いリーダーシップを発揮するという信頼に基づいた組織である。
1チームが利用者40~60人をサポートしている。裁量は職員採用や教育をはじめ、テナントをどこにするかなどにも及ぶ。サービス提供だけでなく、自らのチームのイノベーションにも責任を持つ。40チームに1人の割合でコーチが置かれているが、相談があるのは立ち上げ期がほとんど。

 

■チーム内外での振り返りで研さん/管理業務は集中処理で効率化
質の高いケアを継続して提供するため、各チームでは毎週1度のミーティングで活動を振り返り(リフレクション)、ナースそれぞれが役割と責任の確認を行う。「Buurtzorgweb」と呼ぶイントラネット(組織内ネットワーク)があり、IT(ICT)を活用したチームの枠を越えたリフレクションも行われている。
管理業務を集中処理するバックオフィスは職員35人と小規模。ヘルプデスクや介護料請求、人事労働契約をはじめとする業務を各チームに代わって行う。これによって各チームに事務職は不要。ナースは書類づくりをはじめとする事務作業から解放され、ケアに集中できる。バックオフィスはこのほか、イノベーションや品質管理に関わる組織全体の戦略立案を担う。
専門性の高い人材が求められるため、組織拡大にともなって担い手を自分たちで育てていこうという取り組みも始まっている。職業教育機関と独自の訓練コースを設けている。

 

■業務効率化、ナレッジマネジメント、品質管理にITを活用
IT(ITC)活用が、Buurtzorgのビジネスモデルを現代的なものにしている。トータルソリューションの提供というあり方は日本にもあった地域看護師のリバイバルとも受け取れるが、ウェブネットワークの活用がその活動をより効果的、効率的なものにする。事務処理の簡便化を筆頭に以下の3点で力を発揮している。
①ビジネス管理:職員、患者の管理、シフト管理や文書の共有、ケア状況の把握などもウェブで行う。
②コミュニティー機能によるナレッジ(価値のある知識・情報・経験)マネジメント:各地5500人のナース+αの専門職がネットワークでつながっており、相互に教え合い、学び合っている。普段はジェネラリストナースとして働いているが、それぞれ専門的に学んだ知識があり、ミッションを共有している仲間として助け合っている。チーム内で解消できない悩みを尋ねると短時間で多くの答えが書き込まれる。質問事項は具体的なケアのあり方だけでなく、人材募集の方法、テナントとの関係、おむつの商品ごとの良し悪しに至るまで多岐にわたる。同じ問題意識を持つ者が集うコミュニティーができ、ガイドラインづくりにまで発展することもある。全員が一堂に集う大会が年1、2回あり、顔がみえる関係づくりにも配慮している。
③品質管理:2010年ごろから「ONAHAシステム」という米国で開発され地域看護の標準分類方式を用いてケアの内容を記録し、評価している。どうのように問題を認識し、どう介入し、どんな成果をあげたのか。「問題」「介入」「成果」、それぞれの分類を組み合わせて評価する。これもウェブを用いて行っている。

 

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■ターミナルケアに関する事例紹介
▽主介護者である家族により添い、その関係づくりに気を配ったケース。ケアに与えられた時間をどう使ってもよい。自ら介護したいという患者の姉に対する指導や指示に多くの時間を割いた。ナースは約1カ月にわたり、助言、会話、褥瘡ケア、状態の確認などを実施。家庭医は週1、2回の訪問。
▽主介護者が夫で1週間の看取りに関わったケース。ほかの在宅ケア組織への不信感がきっかけに引き継ぎ、麻酔薬・鎮静薬のシステムを設置し、1日3回ケアに入った。
▽独居の末期がん患者のケース。親族、近隣などインフォーマルな協力を得ることができない。家庭医、関連組織の作業療法士、家事援助、ソーシャルワーカーなど専門職が連携してケアに当たった。Buurtzorgのナースは日本でいうケアマネの役割を果たす。各専門職の手配、連携、調整を行った。在宅では安楽死を考えてしまうとの不安を訴えたことから、ホスピスへ移る。

 

■まとめ/専門職が輝ける組織を自らの手で
▽Buurtzorgは専門職の力が引き出されている組織である。ナースが専門性を発揮することで、患者と家族や地域などインフォーマルな力も引き出すことができる。
▽患者本人の力に着目し、プロダクションとしての個別のケアではなく、患者のためのソリューションを提供することをミッションに位置付けている。
▽ミッションの共有し、互いに研さんして進化する組織である。チームがベースであるが、ウェブによるチームを越えたネットワークを活用している。
このような組織のあり方は、専門性を持っていることへの信頼感によって成り立っている。具体的には高い知識・技術、職業倫理、“真のリーダーシップ”を指す。これらを信頼し、力が発揮される組織づくりをしている。
ナースである彼らをみていて思うのは、自分の持っている力をとても高く自覚していること。持てる専門性を発揮するためには、どんな環境が必要なのかまで踏み込んで考えている。より働きがいがあり、患者に満足度の高いケアを安いコストで提供することを目指して。その結果、自分たちで決め、責任をもってやっていくフラットな組織がよいと考え、ビジネスモデルをつくってきた。みなさんも自らが輝ける組織やサービスモデルを構築し、発信できるようになればよい。

 

◆質疑
Q:地域のインフォーマルな力を引き出すために具体的に何ができるのか?
A:まずは家族ができることを引き出す。そのためには適切な情報を適切なタイミングで伝えることが大事。今後の見込みと選択肢などをタイミングをみながら提供し、患者と家族の意思決定を支援する。
Buurtzorgではご近所の力を引き出すことに最初の訪問時から着手する。患者の話相手になってもらうとか、地域にある互助ボランティアと連携するケースもある。

Q:家庭医のかかわり方について。
A:オランダでまず家庭医にかからなければならないシステムをとっている。1人の家庭医に利用者2000~3000人が登録しており、週に複数回訪問することは難しいと思われる。病院や医師ではなく、地域で看取りをしている印象を受けた。ナースの力は大きく、Buurtzorgが急成長したのも家庭医からの信頼が高まったからだ。

 

Q:医師2人で在宅患者100人みているが、訪問看護師の力が欠かせない。日本では能力のある看護師が管理者として事務処理などに追われ、本当にやりたい看護ができていないような気がする。Buurtzorgには政策の後押しもあるのか。
A:市場に任せるが質の評価枠組みをつくり患者の権利を守るという流れできている。現場に信頼して任せるが、監査機関は強大であり何かあればペナルティーが科される。規制緩和、書類の簡略化の方向で進んでいる。現場の人が質の高いケアを効率的に提供しているというエビデンス(証明、裏付け)を積み重ねたことが、政策を後押ししている。

 

Q:日本に根付く可能性はあるか。その兆しがあれば教えてほしい。
A:日本の関心は非常に高く、わたしはオランダに100人近くを視察に案内した。日本に関係者を招き各職種向けの講演会なども行っている。自分たちもやってみようという動きはでてきている。
日本でも制度上はBuurtzorgのやり方は実現可能だ。居宅介護支援と訪問介護、看護の指定をうけ、看護師がケアマネの資格をとって介護職も入って連携すればよい。以前は看護師のケアマネも多かったが報酬や管理業務の多さなどが問題となった。それらをどうクリアするかだ。東京・世田谷のあるクリニックでは訪問看護ステーションの立ち上げにあたり、看護師全員がケアマネの資格を取得してBuurtzorgのやり方にトライしようとしている。専門職が自律的に働く組織やビジネスモデルが専門職発であがってくるのを望んでいる。

◆講師プロフィール
労働政策研究・研修機構人材育成部門研究員。厚生省の社会保障審議会介護給付費分科会専門委員、24時間巡回型訪問サービスに関するあり方検討会、地域包括ケア研究会人材部会などで委員を務める。2010年度、独居認知症者をめぐるケア・サポートに焦点を当てオランダでフィールドワークに取り組んだ。