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セミナー編「認知症のケアとキュア」のレポート

ものがたり在宅塾 セミナー編 2012/11/17

 

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「認知症のケアとキュア」 玉井 顯氏(敦賀温泉病院長)

 

「ケア(Care)」が気遣いや世話など看護・介護ならば、「キュア(Cure)」は病気や障害の治療を指す。根本的治療がキュアなら、日常生活を充実させるのがケア。医師中心のサービス提供体制(キュア)を含む患者を中心としたチーム医療(ケア)が求められるようになった。認知症のケアも患者を中心に行わなければならない(パーソンセンタードケア)。

 

■認知症を知ることから始めたい
認知症は世界中の問題であり、フランス、イギリス、アメリカは国家プロジェクトとして対策に着手している。日本国内の認知症患者は305万人以上と推定される。2013年度からの認知症施策推進5カ年計画「オレンジプラン」が発表された。地域における認知症初期集中支援サービスの構築などに取り組むことになる。
認知症を正しく理解し、患者や家族を温かく見守り支える人を増やさなければならない。05年度から始まった認知症サポーター(オレンジリング)への登録は355万人まで増えた。
認知症への偏見あると、患者の悪いところしかみえない。若い女性にも老婆にも見えるだまし絵のように同じものを見ているのに見えていない場合がある。しかし、その見方を知ると見えるようになる。まずは認知症のことを知る必要がある。そうすると、患者や病気が正しく見えてくる。

 

■理解しづらい認知症の症状
認知症によるもの忘れを例にとるなら、患者自身が混乱や疑念に陥り不安になっている。家族がそれを理解できずに不安になり、叱ったり励ましたりすると患者はさらに混乱する。家族に理解がなければ双方が不安になり悪循環になる。
認知症は高次脳機能障害であり、症状はまわりから理解しづらいものが多い。身体的な麻痺などは分かりやすいが、「失語」や道に迷いやすいなどの「失認」、道具がうまく使えないといった「失行」、人を間違える「誤認」は、一般の人にはメカニズムが分からないだろう。
さらに理解しづらいのは、怒りっぽくなる・料理ができなくなる・何度も同じことをするなどの「前頭葉症候群」をはじめとする症状。もの忘れや多食などの「側頭葉症候群」、「妄想」「幻覚」「睡眠障害」「夜間異常行動」がそうだ。

■海馬がだめになると記憶に障害
認知症は脳にごみがたまる病気。異常たんぱく質をマクロファージが掃除しきれなくなり、脳が働かなくなるとアルツハイマー病、レビー小体病(パーキンソン、幻覚)、ピック病(怒りっぽい)を発症する。一番の危険因子は糖尿病。
ごみは海馬、頭頂葉、前頭葉にたまりやすい。情報処理が集中する脳内の交差点のような場所だ。海馬は記憶装置であり、ここがやられるともの忘れが出る。過去の記憶はしっかりしているが、発病後の新しいことが覚えられない。
車の運転や卓球、ピアノなどは小脳レベルで行うので可能。また、目や耳などの感覚、身体運動を担う場所はごみがたまりにくい。運動することで海馬周辺の細胞は増えるが、しなければ減る。
前頭葉が悪くなると、アイデアが浮かばない/2つのことが同時にできない/ミスが増える/頭の切り替えができないなどの症状がでる。
アルツハイマー病は、記憶障害(エピソード記憶の障害、遅延再生の障害)/視空間障害/前頭葉症状がでる。患者が忘れたことを取り繕うと過小評価しがちなので注意がいる。レビー小体病は、小さな人が見えたり物が小さく見えたりする幻覚や錯覚がある。パーキンソン症状があり、転倒の恐れはアルツハイマー病の10倍。擬人化して物に話し掛けることがある。前頭側頭葉変性症(FTLD)は言葉の意味が分からなくなる。

 

■異常行動にも理由がある
認知症の人がよく娘と妻とを間違えるのは、若い時の妻の記憶がしっかりしているから。患者が「家に帰りたい」と言うのは、認知症によって家族が苛立っていることを感じとり、「わたしの息子はこんなに怒らない。居心地のよかった家じゃない」と思うことが理由だったりする。好き嫌いのセンサーである扁桃体は海馬近くにあるがアルツハイマー病によって侵されないので、周囲の態度にはわたしたち以上に敏感かもしれない。家のまわりを一周し、家族が優しく迎えると収まることがある。
患者が暴れた理由が錯覚や妄想であるなら、暴れることは正しい反応といえる。異常行動を抑えようとするが、そもそもの原因はなにかを探るようにしたい。原因が分かれば対処法がある。
認知症の人と一緒に街を歩く調査をしたことがある。少しでも迷うと混乱し、それ以降はめちゃくちゃになってしまう。心の安定、安心は重要。

 

■医療とケアのバランスが大事

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 認知症診断がされないまま症状が悪化し、重度のBPSDが生じて初めて医療機関にかかるケースが多い。脳機能の障害であり、薬による対応をはじめ医療が果たす役割はある。
薬物療法もうまく使えば武器になる。ケアだけでも医療だけでもだめ。
認知症に伴う行動・心理症状であるBPSDが悪化する要因としては、身体要因や介護などの環境、薬がある。神経系作用薬をはじめせん妄を引き起こす薬剤は多い。
認知症を高次脳機能障害としてみて治療する一方、その人の個性・性格・物語を尊重してケアをしていく必要がある。当然のことだが、病気を知る以前に患者の生活環境やこれまでの人生などを知らねばならない。その中で、高齢者特有の心理的変化は理解しておきたい。体の衰え、自分を認め・共感してくれる人の減少などさまざまな“喪失”が影響してくる。よい人間関係やお年寄りを敬う環境がなければ、欲求が満たされなくなって抑うつなどの障害が出やすくなる。
バランスのよい認知症ケアとは、高次脳機能からみる/心からみる/介護からみる/非薬物療法と薬物療法を最適化する、から成る。認知症患者の尊厳とプライドを支えるため、家族や医師をはじめ周囲の者が自らのプライドを下げて手をつなぎ、その人中心のケアを実現したい。

 

■認知症への理解が早期発見につながる
認知症へのアプローチは、前提である人を知る(高齢者の心理を知る)を<0>とすると、<1>が知識である。これにより介護する家族が、患者の症状を言葉で伝えられるようになれば医師との連携がスムーズになる。<2>が理解であり、症状の分析や予測。<3>が行動であり、症状への対応。そして<4>が継続。家族らを支えるバックアップ体制が必要だ。
病院や認知症疾患医療センター、認知症病棟がセーフティーネットになり、なにかあったら助けてくれるなら自宅療養が可能になる。1、2カ月の入院でBPSDをコントロールして戻ることができる。
認知症を早期に発見することは重要だ。悪化してからの入院では退院できなくなる。トラウマになり家族が引き受けられなくなることもある。向精神薬を投与されて長期入院している患者が多いことは問題になっている。認知症治療病棟は治療の場であり、患者にとっても医師にとってもよくない。
1990年に敦賀温泉病院を開いた当時、外来は重度の患者ばかりだった。最近は軽度の患者ばかりになった。何が変わったかといえば、啓発活動によって住民に認知症への理解が進んだこと。病気への偏見がなくなってみなさんが受診しやすくなったのだと思う。それまでは重度の症状しか認知症だと思っていなかったのだろう。

 

■行動観察シートで症状を把握し連携
開院後から改良を重ね、認知症を間接的に検査するための行動観察シート「AOS」を作成した。日常生活動作をみる5項目と具体的な本人の様子などを評価する47項目からなり、症状をチェックすることで病気とその進み具合などが分かる。採点して点数が多いほど症状は重い。
認知症は接する者によって印象が異なるが、本人ではなく家族など身近にいるキーパーソンにチェックしてもらうことでおおむね正しく評価できる。
どういう疾患なのかもみえてきて問診の代わりにもなる。施設、病棟、住民の共通ツールができて連携も円滑になった。また、この検査を繰り返すことでさらに住民の認知症への理解も進んでいる。
「おでかけ専門隊」を結成し、地域包括支援センターからの依頼があれば自宅を訪問して認知症の問診などを行う活動を始めた。
若狭町では独自に11年前から地域包括センターの看護師が個別訪問をして認知症に対応している。すごいと思う。町として認知症サポーターの養成にも取り組んでおり、日本で一番サポーターが多いのではないかと思う。中学生もサポーターになっている。早期発見につながるのはもちろんだが、人への優しさをも育てているように感じる。
病気には隠されたメッセージがある。絆が薄れてきた社会において、認知症の患者に関わることで仲よくしろと言われているように思う。

 

◆質疑
Q:帰宅願望の強い患者がいる。
A:なぜそうなるのか、理由がつかめると対応法もでてくる。妄想なら薬が効く。原因をつかむ努力が大事になる。