ナラティブの基本は「聞く」ことにあるのではないか。最近そう痛感している。これが意外に難しい。傾聴する側の気持の問題である。次の仕事が待っているのにという素振りをみせると、すぐに見抜かれてしまう。心から聞いていますよということが相手にわからないと、話す気にはなれないのは当然である。さりとて、この人だけに構っていては仕事にならない。介護の仕事の難しさで、容易に解決できるものではないが、心がけひとつで何とかなることもある。 一方で、相槌(あいづち)の打ち方ひとつで話が弾むという時は素直にうれしい。
大正12年生まれのTさんは元国鉄マン。週刊朝日を購読するインテリでもある。男は概してプライドが高い。認知症の兆しはあるが、得意の話となると背筋がぴんとして、声に張りも出てくる。昭和30年代の北陸線の電化工事に携わった時である。先進の東海道線に学びに行くグループに選ばれた。東京での数ヶ月にわたる研修だが、出身の高岡工芸高校での基礎知識が生きたのである。いまではパソコンだが、当時は計算尺。これが得意なのである。計算尺の全国大会が開催されたりもしていた。一度、家にある古い計算尺を探し出して、持ってこなくてはならない。