「もういいかい」「もういいよ」

 人生を余すことなく生き切る。その生き切った人が心底からしぼり出す言葉であり、また看護し切った奥さんがそれに応えて静かに返す、満たされた言葉でもある。「もういいかい」と言葉ではなく眼が静かに訴えていて、握り返す手で「もういいよ」と応えている。9年に及ぶ神経難病とがんという大敵に挑んだ闘病生活を戦い抜き、ようやくに辿り着いたやすらぎの瞬間でもあった。

 医師という職業を得て、いざこれから多くの患者に手を差し伸べようとしていた矢先の、49歳での発病だった。助ける側から、助けられる側へ。どれほどの無念を抱えたものであったか、はかり知れない。わめき散らしたい衝動を必死に押さえ込む理性に驚嘆するしかないのだが、ナラティブのスタッフにみせる仕草には、そんな無念の一切を感じさせなかった。感謝といたわりに満ちており、こちらが勇気付けられ、やらねばと鼓舞された。

 またひとつ、惜しんでも惜しみきれない命を失った。4月24日のことだったが、それでも一筋の希望が明日へとつないでくれたようだ。最期の時に、愛息ふたりが父親の手を握り、涙をこらえながら、魂のバトンタッチがなされたのである。明治国際医療大学に学ぶふたりだが、何にも代えがたい大きな遺志を受け継いだといっていい。

 葬儀で喪主あいさつをされた奥さんは、涙声ながら、清々しい表情だった。素晴らしい男の遺志を受け継いで、それに負けない生き方をしなければなりません。そうしないと申し訳が立たない、そんな覚悟を聞いたように思えた。これから生きる人を励ます、そんな死に方もあるのである。

 いささか手前味噌になるのだが、心電計も呼吸器もつけないで、主人と素のままで交感し合える最期を提供してもらったナラティブホームに感謝します、とあいさつで紹介いただいた。いたらない点もたくさんあったのに、恐縮しきりである。
読者のみなさん!最期は「もういいかい」「もういいよ」ですよ。