弱いロボット

 介護ケアにロボットを活かせないか。そんな研究をしている人がいる。岡田美智男・豊橋科学技術大学教授で、ようやく陽の目をみたのが、名前は「む~」というが、ひとりでは何もできないロボット。ケアの本質というのは究極こんなところにあるのか、と思わせる。「弱いロボット」(医学書院。2100円)。

 彼は大学で量子力学を勉強していたが、じゃんけんで負けてしまい、音声科学や音声認識・合成などを専門とする研究室に配属された。人間万事塞翁が馬という楽観がいい。加えて、他力に身を委ねる度胸が開発を支えているようだ。
NTTの研究所からの異動で、国際電気通信基礎技術研究所勤務となる。30年前に鳴り物入りで京都、大阪、奈良の県境にできた「けいはんな学研都市」にあり、研究プロジェクトの年限を5~7年として、新しいプロジェクトに潔くバトンタッチし、研究者を絶えず流動させている。ノーベル賞の山中さんもこんな研究所体験をしているのだ。
 そこで関西弁のしゃべくりに出会い、ロボットの開発テーマを「なにげないおしゃべり」に絞る。研究所は甘くはない。理屈はいいから、研究内容をデモンストレーションしろとなる。理解が得られないと研究資金が獲得できない。ここで登場するのが、CGで作った仮想的な生き物(クリーチャ)の眼球で、トーキング・アイこと「おしゃべり目玉」。「あのなあ」「なんやなんや」「こんなん知っとる?」「そやなあ」とゆっくり二つ目玉が交互にしゃべり、感情が行き交う。
 そこで京都のマネキン作家達にロボットのデザインを依頼する。口のような眼、角のような尻尾、丸みの帯びた体形、発泡ウレタンゴムで作られた柔らかく弾力的な体表、ヨタヨタした動き、乳幼児なみの喃語での応答する。これを見て「む~」と名付けた。

 この「む~」が障害児の養育現場でその実力を発揮する。いつも先生から教えられるばかりだが、「む~」に子どもが教えようとする。わかった?にキョトンとしている「む~」に、ダメでしょと先生の口調を真似する。高齢者施設でもそうである。いつもはしゃべらないのに、「む~」だとどうしてこんなにおしゃべりが続くのか、となる。また、人は待ってくれないが「む~」は“ゆっくり”の関係構築につきあってくれる。
ひょっとすると、ロボット精神科医「む~」となるかもしれない。(K)